解説レポート児童虐待対策の現状と課題、その解決方向について

更新日: 2001年8月1日

1. 児童虐待問題の深刻化

全国の児童相談所に寄せられる虐待相談件数が激増している。しかも、報道された虐待死事件の殆どが児童相談所等に通告されていないという事実を考慮すると、実際にはこれよりはるかに多い虐待が発生しているのではないかと思われる。
 虐待相談が急増している要因には、虐待問題に対する世間の理解と関心の高まりに伴う通告増も無視できないと思われるが、やはり虐待そのものが増えているというのが実際に虐待相談に携わっている者の共通の実感である。
 既に少子社会の中で生まれ育った現在の親にとって、幼い時から子育てを手伝ったり、他人の子育てを身近に観察する機会が乏しくなっており、わが子を生んで初めて乳児に接するという例も珍しくなくなっている。子育てに戸惑いがあって当然である。しかも、都市化、核家族化の進行に伴い、これら親を支える者も身近にいなくなっている。また、情報化の進展に伴う育児情報の氾濫は、それが画一的で一方的であるがゆえに却って親の不安をかきたてている。現代という時代はまさに子育て受難の時代であり、孤立無縁の中でストレスを抱え込まざるを得ない状況が一般化しているのである。もちろん虐待そのものの要因は多岐にわたり、その発生メカニズムも複雑である。それゆえ、虐待は極めて個別具体的な事象であるが、虐待が増加している背景には、このような社会状況が存在していることは間違いない。今や誰もが虐待してしまう危険性を秘めていると言える。

2. 被虐待児童の救済・保護のためのシステム

 児童福祉法及び児童虐待の防止等に関する法律(以下「児童虐待防止法」という。)に基づく保護システムを図示したのが図1である。児童福祉法第25条は「保護者がいないか保護者に監護させることが不適当と認める児童を発見した者」は福祉事務所又は児童相談所に通告しなければならないと規定している。また、児童委員は住民から児童相談所等への通告の仲介を行うことができるとしている。児童虐待防止法では学校の教職員、児童福祉施設の職員、医師、保健婦、弁護士その他児童福祉に職務上関係のある者は、児童虐待を早期に発見しやすい立場にあることから特に被虐待児童の早期発見に努めなければならないと規定されている。
 福祉事務所が通告先として位置づけられているのは、それが児童相談所に比べより住民に身近な機関であることから、円滑な通告を期しているためであり、立入調査や一時保護などの法的権限は児童相談所にしか付与されていないため、福祉事務所に通告された多くのケースは児童相談所に送られることになる。つまり、児童虐待の対応においては児童相談所が中心的な役割を担っている。通告・相談を受けた児童相談所では、速やかに児童の安全確認を行なうとともに、虐待の状況や家庭環境等について調査を行い、緊急保護の要否について判断する。虐待が疑われる場合で、親が児童相談所の調査に拒否的な場合は立入調査を行うこともできる。調査の結果、親元から子どもを緊急に保護する必要があると判断すれば、児童相談所は付設の一時保護所に子どもを預かるか、他の適当な機関や人に一時保護を委託する。一時保護に際しては保護者の了解を求めるのが原則であるが、保護者の同意がなくても一時保護は可能とされている。一時保護は原則として2か月を超えて行うことはできない。
 なお、調査や一時保護等に際し必要と認めるとき、児童相談所長は警察官の援助を求めることができる。
 児童相談所では、調査の結果などを踏まえて総合的な観点から児童にとって最善の処遇方針を決定する。施設入所等の措置は保護者(親権者)の意に反して行うことはできないが、その場合は家庭裁判所の承認のもとに施設入所等の措置をとることができる。また、処遇決定に際して児童相談所の処遇方針と保護者又は児童の意向が異なる場合及び児童相談所長が必要と認めた場合は、都道府県児童福祉審議会の意見を聴かなければならない。なお、施設入所等の措置と併せて児童福祉司等の指導措置が採られることもある。この場合において、児童相談所長が施設入所等の措置を解除する際には当該指導に当たった児童福祉司等の意見を聴かなければならないことになっている。
 親子分離を図るほどでもなく在宅での指導が可能と判断した場合は、児童相談所の職員が保育所や学校、保健婦、児童委員など他の関係機関とも連携を図りながら訪問指導を行ったり、児童相談所に通所させて親のカウンセリングや児童の心理療法を行ったりする。
 施設入所、在宅指導の別にかかわらず、児童相談所が児童福祉司等の指導措置を決定した場合、保護者はその指導を受けなければならず、保護者が指導を受けない場合は都道府県知事は指導を受けるよう勧告することができる。

3. 児童相談所における取り組みの実態

 被虐待児童の保護システムの概要は以上のようになっているが、近隣が虐待に気づいていながら通告に至らず児童が死亡したり、通告されても児童相談所が介入に慎重であり過ぎたたためその死を救えなかった事例が見られるなど、現行の救済システムが十分に機能しているとは言いがたいのが現状である。ここでは、児童相談所の対応における現状と問題点について、厚生省の調査や諸研究の結果を踏まえ概説する。
 平成9年度を調査対象年度とした厚生省の「児童相談所における児童虐待の取り組みの実態に関する調査」では、通告後の保護の要否判断や対応方針について担当者一人で判断するなど組織的対応が図られていない児童相談所が一部に存在すること、約半数の児童相談所が保護者の強引な引き取り要求等保護者への対応に苦慮していること、保護者の強引な引取り要求に「やむなし」として引取らせるいわゆる「強制引取り」が全措置解除件数の約16%も見られること、施設入所後における児童相談所と施設との連携が不調であること、約1/4の虐待事例については措置解除後のフォローアップが実施されていないことなど種々の問題点を抱えていることが判明した。
 また、高橋重宏らが平成11年度に実施した全国の児童相談所児童福祉司を対象とした意識調査の結果でも、例えば児童相談所職員の任用資格において法の趣旨にそぐわない任用の実態や福祉現場の通算経験年数が5年以下の経験の浅い児童福祉司が約40%を占めるなど、資格や専門性において課題を抱えていること、膨大なケースを抱え虐待ケース等に十分な対応ができないことに多くの児童福祉司が苦慮していること、立入調査に伴う保護者との信頼関係の崩壊等を懸念して立入調査を躊躇する場合が少なくないこと、地域における関係機関との連携においても機関間で認識の共有化が図られていないため円滑な連携が困難になっていることなどの問題点が浮き彫りになっている(高橋重宏他「子ども虐待に対応する児童福祉司の意識に関する研究」日本子ども家庭総合研究所紀要第36集(平成11年度)日本子ども家庭総合研究所)。

4. 虐待対策の動向

1)「児童虐待防止法」制定の背景

 平成9年に児童福祉法が大幅に改正されたが、これに先立ち、日本子どもの虐待防止研究会(・JaSPCAN・)や日本弁護士会連合会等関係団体から虐待問題により適切かつ円滑に対応できるよう虐待の定義の明文化や通告義務の強化、虐待の禁止規定の創設、親権制限の強化等を求める意見や要望が相次いで厚生省に提出された。
 これに対し、厚生省は現行制度が十分に機能していないのは法制度上の問題というより、これを執行する児童相談所等の運用に問題があるとして、各種通知の発出や事業の創設等を通じて運用の適正化に向けた取り組みを強化してきたのである。
 厚生省の指導や虐待に関する施策の充実等により、立入調査や一時保護、28条申立事件の増加等、児童相談所における児童福祉を最優先した取り組みの進展を伺わせる現象が見られるようになったことも事実である。しかし、その一方で親の虐待によって児童が死亡する事件が後を絶たないこと、中には児童相談所が関与していながら児童を救えない事件が発生しているという現実の前に、実務者や関係者などからやはり抜本的な法制度の整備が必要であるとの意見が強く出されるようになった。児童相談所が虐待問題に真正面から取り組めば取り組むほど、現行の法制度の問題点が浮き彫りになって来たのである。そして、マスコミも虐待問題を大きく取り上げるようになり、一部の国会議員も法制度化の可能性を模索するようになった。こうした世論の盛り上がりの中で議員提案により新法が誕生したのである。

2)児童虐待対策の現状

 ① 早期発見・早期対応
 虐待を疑った者について児童相談所等への通告義務が課せられているにもかかわらず、通告に至らないケースが多いことは前述のとおりである。通告義務の徹底を図るため、厚生省では保育者や教師、保健医療関係者等を対象に虐待問題をわかり易く解説した「子ども虐待防止の手引き」を作成(平成9年3月)するとともに、国民一般向けの啓発ビデオ「子どもの声に耳を澄ませて」を作成(平成12年1月)している。
 なお、児童福祉法における要保護児童の概念は「保護者がいないか保護者に監護させることが不適当と認める児童」という極めて抽象的なものとなっており、これが通告の低迷要因の一つになっていたと思われるが、今回児童虐待防止法において虐待の定義づけがなされ、通告すべき要件が明確化されたことにより、通告の一層の促進が期待される。また、通告義務の守秘義務に対する優先や通告者に関する秘匿義務の規定についても円滑な通告に資するものである。さらに、虐待の定義の明確化は、虐待の禁止や親権の適切な行使などの規定とも相まって、わが国において根強く存在する私物的わが子観の払拭に向け、保護者や関係者の意識啓発につながるものであり、その結果、関係機関の共通認識に立った円滑な連携が期待できるとともに、保護者の行為の違法性・問題性が明確になることによって、児童相談所等による当該家庭に対する介入がより円滑に行われ易くなるものと期待される。
 ② 児童相談所の取り組み強化
 児童問題が複雑・多様化する中、児童相談所における処遇の客観性・専門性を確保する観点から、平成9年の児童福祉法改正では、前述したように児童相談所が施設入所措置等を行うに際し、一定の場合には都道府県児童福祉審議会に対して意見聴取を行うことが義務づけられたが、これ以外にも児童相談所における適切な対応を図るため、厚生省では虐待への対応の留意点を盛り込んだ各種通知を発出するとともに、「児童相談所運営指針」の改定、児童虐待への対応について専門的に解説した「子ども虐待対応の手引き」の作成など、積極的な施策を展開してきた。児童虐待防止法においても、児童相談所における児童の早期安全確認義務、立入調査の要件緩和、調査や一時保護等における警察官への援助要請、児童相談所長や児童福祉司の任用資格要件の厳格化等、児童相談所の取り組み強化を図るための種々の措置が講じられている。
 ③ 親子関係の再構築
 虐待は児童の身体のみならず、心に深い傷跡(トラウマ)を残す。児童の自立を図るには、トラウマの修復に向けた心理的ケアが不可欠である。このため、厚生省では平成11年度から心理的ケアを必要とする児童が10人以上入所している児童養護施設に心理療法を担当する職員(非常勤)を配置したが、今後ケア体制の一層の充実が望まれる。
 たとえ親子分離を図っても、援助の究極目標はやはり児童の家庭復帰にある。そのためには、親子関係の再構築に向けた親への援助が不可欠である。このため、児童虐待防止法では、児童福祉司等の指導措置がとられた事例について、その指導を受けることを親に義務づけるとともに、親が指導を受けない場合、都道府県知事は指導を受けるよう勧告できることとしているのである。
 また、前述したように「強制引取り」が絶えないが、施設入所等の措置に併せて児童福祉司等の指導措置がとられている事例について児童相談所長が施設入所等の措置を解除する場合は当該児童福祉司等の意見を聴かなければならないとする規定や、28条に基づく施設入所等の事例について児童相談所長又は児童福祉施設の長が必要と認めるときは保護者の面会・通信を制限できるとする規定は、強制引取りの防止に寄与するであろう。
 ④ 地域ネットワークの構築と機関連携
 虐待が発生する家族は、経済的問題や就労、疾病、人間関係のトラブル等同時の多くの問題を抱えている場合が少なくない。このため、一つの機関だけで対応するには限界があり、関係機関が連携を図りながら一体となって援助することが重要である。
 厚生省では、関係機関との連絡調整等を行う職員(児童虐待対応協力員)を児童相談所に配置(平成11年度)するとともに、児童相談所が主任児童委員等地域における人材に対し研修を実施し、その修了者を登録するなどにより地域ネットワークを整備する「家庭支援体制緊急整備促進事業」の創設(平成11年)をはじめ、市町村レベルで関係機関が一堂に会し情報交換を行ったり処遇検討などを行う「児童虐待防止市町村ネットワーク事業」を創設(平成12年度)するなど、地域ネットワークの構築を図るため施策の充実を図っている。
 児童虐待防止法においても、関係機関及び民間団体の連携の強化等を図るための体制の整備に努めることが国及び地方公共団体に義務づけられている。特に、全国的に広がりつつある民間の虐待防止活動と公的機関との連携が一層図られる必要がある。

5. 残された課題と解決方策に関する私案

 このように、制度・運用の両面において充実が図られつつあるが、とりわけ、児童虐待防止法の施行によって関係者の意識変革と取り組みが一層促進されるものと期待される。しかし、虐待問題の根はあまりにも深く、積み残された課題も山積している。ここでは、その内の何点かについて私見を述べる。

1)虐待の発生予防

 前述したように、現代においては誰もが虐待という罠にはまる危険性を秘めている。一旦虐待にまでエスカレートしてしまうと、その対応は困難を極めることになる。従って、虐待の前段階、つまりハイリスク期における支援が極めて重要となる。そのためには、孤独感と閉塞感の中で子育てにもがき苦しむ親をいかに早期の段階でキャッチし、援助の手を差し伸べるかがポイントとなる。従来の子育て支援策はこれを利用するか否かは利用者の任意の意思に委ねられているが、子育てに苦しむ親は自信のなさゆえ自己の殼にひきこもり、いくら支援メニューが用意されても自らこれを利用することに消極的になりがちである。個人のプライバシーを尊重しつつ周囲が積極的に介入し既存のサービスにつなげる「出前型」のサービスのあり方について検討する必要がある。このような出前型サービスでは、地域に根を張った活動を展開している児童委員(主任児童委員)、訪問活動を軸とした援助を行っている保健婦の活動がその鍵を握っており、これらの職種を中心に据えた子育て支援システムをどう確立するかが重要な課題と考える。平成12年11月に策定された国民運動計画である「健やか親子21」では、「子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減」が主要課題の1つとして掲げられており、母子保健サイドからの虐待防止対策が明確に打ち出されたことは画期的なことと思われる。

2)メンタルケア・システム及びケア技法の確立

 虐待が児童に与えた心的外傷(トラウマ)に起因した心理・行動面での障害は深刻なものがあり、児童の自立を阻むとともに、虐待の世代間連鎖を惹起することもある。このため、厚生省では前述したように一定の条件下にある児童養護施設に心理療法担当職員を配置するなど、施設における児童の心理的ケアの充実に努めているが、今後一層の充実が望まれる。
 メンタルケアは児童であれ親であれ児童福祉サイドだけで行うには限界があり、保健・医療と連動したメンタルケア・システムが不可欠である。例えば、メンタルケアを児童相談所の業務として位置づけ、事例によっては児童相談所が医療機関や保健機関に業務を委託したり、地域における関係機関が役割分担しながら一体的なメンタルケアを行い、児童相談所がそのケースマネージメントを行うなどの方法が考えられよう。その際、行政機関がメンタルケアを決定した場合、これを受けることが義務づけられている以上、援助に要する保護者の経済的負担をどうするかについても課題となろう。また、親子一緒に入所して双方の関係調整を行なえる施設等についても検討が必要になろう。
 なお、ケア技法についてもこれが確立されているとは言いがたく、いくつかの機関において試行錯誤が重ねられている程度である。ケア技法の確立に向け、知見の集積と情報の共有化が急がれる。
 児童虐待防止法では、児童福祉司等の指導措置がとられた場合、指導を受ける義務を親に課しており、その実効性を確保するには司法が親権の一時停止を担保にケア受講命令を出すべきとの意見があるが、まずその前にケアシステム及びケア技法の確立が不可欠と考える。

3)児童相談所職員の専門性確保

 児童福祉法は児童相談所職員の任用について一定の資格要件を課しているが、従前よりその甘さが指摘されてきたところである。この意味で、児童虐待防止法により児童福祉法における任用資格の厳格化が図られたことは歓迎すべきことであり、今後一層の厳格化が望まれる。
 また、児童相談所の業務は、他の臨床業務と同様、大学等で学んだ専門的知識・技術に加えて、経験の積み重ねが重要であり、従事する職員は異動周期の短い一般行政職ではなく専門職であるべきことは当然のことである。しかし、例えば児童福祉司について専門職のみをもって充てている自治体は10か所程度にしか過ぎない。今後自治体においては、人事の滞留が防止でき、かつ効率的な専門職異動システムを工夫する必要がある。
 これら制度の拡充や運用の適正化に加え、研修やスーパービジョン体制の強化を図るべきことは言うまでもない。

4)児童相談体系の再構築

 児童虐待防止法の施行に伴い、児童相談所等への通告・相談件数の増加に一層の拍車がかかることは間違いない。児童相談所は児童の福祉に関する各般の相談に応ずることになっているため、その業務は多忙を極めており、多くの児童相談所において職員はバーンアウト(燃え尽き)寸前の状況に追い込まれている。児童相談所が種々のニーズに的確に対応するには、児童相談所の体制の抜本的強化が喫緊の課題である。
 さらに、多くの一時保護所で満杯状態が続いており、緊急保護に対応しきれていない実情がある。また、一時保護所は被虐待児や非行児童、障害児など様々な児童が入所しているうえ、初めて家庭から離れて精神的に不安定な児童が多く、個別的かつ濃密な関わりが必要であるが、現行の体制では不十分と言わざるを得ない。一時保護所の質的・量的拡充を急ぐ必要がある。
 なお、平成2年のいわゆる福祉関係八法の改正以来、住民に身近な市町村において在宅サービスと施設サービスが一元的に提供できる体制の整備に向け、逐次施設入所措置等の権限が都道府県から市町村に委譲されたが、児童福祉のみ未だ多くの事務が都道府県事務として残されている。住民の便宜及び地域に密着したきめ細かな支援を期待するならば、児童相談についても市町村事務として位置づけるべきものと考える。少なくとも、保護者がわが子のことで悩んだりわが子の発達保障を願って自ら相談を希望する事例では、保護者がわが子の権利代弁者として機能していると考えられるので、このような事例については、基本的に市町村において対応されるべきである。そして、都道府県すなわち児童相談所は、保護者自らが児童の権利侵害を行っているか、児童の権利が侵害されているにもかかわらず保護者がその代弁者として機能し得ていない事例、つまり児童福祉法第25条の通告対象となる事例、具体的には周囲の援助的介入に拒否的な虐待事例や親に相談動機のない非行事例などを重点的に取り扱うのが妥当と考える。このような事例では行政機関が児童の権利の代弁者として積極的に家庭に介入せざるをえないわけであり、法的権限を駆使した家庭への介入は、その要否判断や方法を誤ると逆に保護者や児童等に対する権利侵害につながりかねず、適切な介入を担保するのは高度な専門性である。そして、事案の発生率、より高度な専門性を有する職員の確保等を考慮すると、これらの事務を各市町村が所掌するのは非効率的と言わざるをえず、また事例によっては広域措置や広域調整が必要なものも多い。いずれにしろ、児童相談所の体制の抜本的な強化が必要であり、そのためには、付け焼刃の対応では済まされず、現行の児童相談体系の全体的な見直しを早急に図る必要がある。

5)児童福祉施設の体制強化等

 入所児童が抱えるニーズは複雑・高度化している。特に、児童養護施設では親の虐待に起因したトラウマを抱える児童の入所が急増している。平成9年の児童福祉法改正により、児童養護施設等については、単に児童の保護にとどまらず一人一人の自立を支援する場として位置づけられたが、児童の自立を図るにはトラウマの修復等児童の個別ニーズに施設がきめ細かく対応していく必要がある。しかし、現行の児童福祉施設最低基準(厚生省令)に規定された職員の配置要件や職種ではトラウマ修復のためのメンタルケアはおろか児童との親密かつ安定的な関係を保障することすらおぼつかないと言わざるをえない。職員の配置要件を見直すとともに、単なる補助事業ではなく最低基準の中に心理職の配置を盛り込む等、自立支援という理念の実現を制度的にも担保していくことが急務の課題と考える。
 また、虐待の急増に伴い、児童養護施設、児童自立支援施設、情緒障害児短期治療施設等のいずれの施設においても被虐待児の入所が激増しており、心理療法等専門的な治療サービスの確保が課題となっている。つまり、制度的建前にもかかわらず、現実には施設のボーダーレス化が進行している。従来、心理治療を必要とする子どもは情緒障害児短期治療施設で対応すべきものと考えられてきたが、被虐待児の入所の一般化に伴い全国17か所の情緒障害児短期治療施設だけで対応するにはまさに焼け石に水というほかない。社会福祉基礎構造改革の理念に沿い、利用契約が可能と考えられる事例は市町村による支援費支給方式に切り換えるとともに、利用契約制度がなじみにくい事例を受入れる施設については措置制度を存続させることとして、専門的な治療機能を有する施設として統合化を図るなど、入所児童の真のニーズに立ち返った施設全体の再編整備を検討する必要があるものと思われる。
 さらに、個別的・安定的なケアを保障するためには、施設養護だけでは限界があると言わざるをえず、例えば専門的訓練を受けた里親と施設が相互に補完し合いながら一体となって児童の養育を行う制度の創設など、家庭的養護の促進方策についても抜本的な検討が必要である。

6)児童の権利擁護サービス

 社会福祉サービスについては、サービスの利用者と提供者との対等な関係の確立をめざして、措置制度から利用契約制度へと大きな転換が図られつつある中、児童福祉施設サービスについては措置制度が維持されている。行政が職権によりサービスを決定する措置制度においてはサービス利用者である児童等の意向が軽視される危険性を孕んでいる。また、当該措置が常に児童の福祉を保障しているとは限らないことは、児童相談所の取り組みの実態のところで述べたとおりである。
 児童相談所が施設入所等の措置をとる場合における児童等の意向聴取や児童福祉審議会の意見聴取が義務づけられているのも、これら措置制度に生じがちな弊害に対する補償措置であり、児童の権利擁護を図るための措置にほかならない。
 しかし、児童福祉審議会の意見聴取にしても、その対象は施設入所等の措置つまり行政処分をとる場合に限られている。行政不服審査法に基づき不服申立てや異議申立てができるのも、あくまで行政庁がとった処分に対してである。つまり、通告等に対する不作為や行政処分に至らない場合における不服等の申立ての受け皿はないのである。また、社会福祉法の改正により施設における第三者によるサービス評価や苦情処理のための仕組みが設けられることになったが、これだけで児童の権利を保障するのに万全とは言えない。
 権利擁護には何重ものチェックシテスムが必要である。行政機関への対応や施設における権利擁護システムをもってしてもなお不服がある事例等に対し、行政・施設を超えた第三者的な立場から総合的・一元的に調整できる仕組みについて検討を急ぐ必要がある。

おわりに

 以上に述べた方策は全くの私案である。これらを一つのたたき台として議論を深めて頂ければ幸甚である。
 児童虐待防止法の規定では、児童虐待に係る制度は3年を目途に見直されることになっている。向こう3年間における現場の知見の集積とこれを踏まえた国民的議論の広がりが課題解決への鍵を握っている。私たちに与えられた時間はあまりにも短い。

(母子保健情報第42号 特集:虐待をめぐって 2000年12月刊行より転載)