文献抄録特集 子どもの虐待と脳の発達

更新日: 2012年3月1日

掲載誌 子どものこころと脳の発達、第2巻1号、2011年、1~67頁

 本誌は、連合大学院(大阪大学・金沢大学・浜松医科大学)の雑誌として、子どものこころと脳発達学に関する基礎・理論的および実践・臨床的な研究を推進させるとともに、脳発達の障害に対する診断・治療や教育・支援のガイドラインを開発・検証することを主眼に編集されたものである。小児科医、内科医、看護師などの医療関係者だけでなく、児童相談所、学校、保育所、母子保健等の子どもにかかわる全ての専門職や大人を対象とした雑誌である。今号では、子どものこころと脳の健やかな発達を阻む子ども虐待を特集として取り上げている。
 子どもたちに虐待が行われると、脳はどのようなダメージを受けるのか、そしてそのダメージがどのように子どもたちの行動に影響しているのが理解できるようになっている。児童相談所においては、虐待から子どもを守ったとして、その後の子どもの心のアフターフォローを行うが、それは万全のものとは言い難い。激増する通告に対して、虐待の調査や親の指導等の対応だけでも精一杯なところもある。児童相談所と連携する地域の中の保育所や幼稚園、学校、児童養護施設、里親において、このような脳のダメージについて共通して理解し、日常の援助に生かすことができれば、子どもの養育環境は改善される。児童相談所の職員を含め、関係機関の方には、共通に理解が必要なテーマである。
 今特集号は①「子ども虐待と子どもの発達」杉山登志朗②「子ども虐待と脳科学」友田明美③性的虐待を防ぐ、治す~STOPザ性虐待~奥山眞紀子④子ども虐待の政策評価-子どもの視点から-和田一郎⑤無限の可能性を秘めた育ち行く心徳田絵美以上の5つの論文が特集として収められている。どれもが、子どもに関わる仕事をしている方には読んでもらいたいテーマであるが、特に私が関係者の皆様に紹介したいと思ったのが②の「子ども虐待と脳科学」友田明美である。以下に、論文を筆者の言葉を要約して紹介する。

『子ども虐待の脳科学』 友田明美

 はじめに 児童虐待と成人期の精神的トラブルには関連性があることがわかってきた。近年まで心理学者は、小児期に受けた虐待のダメージはソフトウエアの問題とされ、治療すれば再プログラムが可能で、つらい体験に打ち克つよう患者を支えれば治せる傷と捉えてきた。生きたままの脳形態や脳活動を可視化できる非侵脳機能計測の発展と普及にともない、生きた人の脳を傷つけることなく、脳の形態と機能を可視化することができるようになり、児童虐待によって子どもの脳に与える影響つまり、ハードウエアに問題が起きる可能性を追求できるようになった。

1.被虐待による高次脳機能の異常

 小児期に被虐待経験を持つ人たちの短期記憶が非常に劣っていることが1990年代には報告されるようになった(Bremnerら、1995)。非虐待の経験を持つ女性の記憶力を評価したところ、対照群と比べて明らかに被虐待の女性らの視覚短期記憶能力が低下していた実験や、被虐待経験者が大学入学のために取得したSATの数学のスコアは、トラウマがまったくない女子大生に比べて優位に低かった(Teicher)。被虐待経験者は、高次脳機能のひとつである情報処理能力や認知力に障害を有していると考えられる。ADHDと被虐待児が呈する解離の臨床症状が酷似していることが報告されていて、筆者らも一連の問題を総称して「社会性発達障害」と呼んでいる。

2.性的虐待による脳への影響

 性虐待を受けていない女子大生と、小児期に性虐待を受けた女子大生とで、脳形態(脳皮質容積)の違いを形態画像解析とフリーサーファー(大脳表面図に基づくニューロイメージング解析)を用いて比較したところ、被虐待群で左の一時視覚(17~18野)の優位な容積減少が認められた。また左半球の視覚野全体の容積が8%も減少していた。虐待を受けた期間が長ければ長いほど一時視覚野容積が小さいことがわかった。左半球の視覚野に影響が及んでいるということは、残虐な性的被害を繰り返し受け続けてきた被虐待児たちが、トラウマ的な出来事の詳細な像を「視る」ことを回避した表れではないかと推察できる。

3.暴言虐待による脳への影響

 親からの暴言による子どもへの虐待によって生じる脳の形態学的変化はどのようなものか、小児期に受けた暴言による虐待のエピソードが被虐待児の脳に影響を及ぼしていくのかを検討するために被暴言虐待者を対象に高解像度MRIの形態画像解析を行った。言葉による虐待を受けた軍では健常対照群と比べて、聴覚野の一部である左上側頭回(22野)灰白質の容積が14,1%も優位に増加していた。殴る蹴るといった身体的虐待や性的虐待のみならず、暴言による精神的虐待も発達過程の脳に影響を及ぼす可能性が示唆された。親から日常的に暴言や悪態を受けてきた被虐待児達においては、視覚野の発達に影響がおよび、同部位のシナプスの刈り込み現象時期の遅延が推察された。

4.厳格体罰による脳への影響

 一般に体罰はしつけの一環と考えられているが、驚くべきことに体罰でも脳が打撃を受けることがわかった。厳格体罰経験群では、健常対照群に比べて感情や理性をつかさどる右前頭前野内側部(10野)の容積が、平均19.1%減少していた。さらに、右前帯状回(24野)、左前頭前野背外側部(9野)に優位の容積現象を認めた。大脳白質拡張テンソル画像解析では疼痛伝道路の髄鞘化障害を示唆する所見も得られておりその影響を看過すべきではない。

5.被虐待と脳発達の感受性期との関係

 性的虐待を受けた時期の違いによる被虐退社の局所脳灰白質容積を多重回帰解析にて検討したところ、非虐待ストレスによってさまざまな脳部位の発達がダメージを受けるには、それぞれに特異な時期(感受性期)があることが示唆された。具体的には海馬は幼児期(3~5歳頃)から、脳梁は思春期前(9~10歳頃)に、さらに前頭葉は思春期以降(14歳~16歳頃)ともっとも遅い時期のトラウマで、重篤な影響を受けることもわかってきた。被虐待児がこころに負った傷は用意には癒されないことが予想されるが、成人を対象とした先行研究では、認知行動療法によって脳の異常が改善されることも報告されている。被虐児たちの精神張ったうを慎重に見守ることの重要性を強調したい。

6.被虐待児のこころのケアの重要性

 被虐待児達が「脳」と「こころ」に受けた傷は、決して見逃してよいものではないし、むしろ現代においては、成人になってからの「不適応」やさまざまな人格障害の原因となりうることを忘れてはならない。彼らへの愛着の形成とその援助やフラッシュバックへの対応とコントロール、解離に対する心理的治療などが必要となってくる。Teicherらは、そういった子ども達の適切な世話をし、激しいストレスを与えないことが一番大切なことだという。相すれば、左右両半球の統合もうまくいき、子ども達は攻撃的にならずに情緒的に、他人に同情・共感する社会的な能力も備わった大人になるだろう。

おわりに

 ヒトの脳は、経験によって再構築されるように進化してきた。虐待によって生じる脳の変化はいかなるものなのか、という問いに近年の脳画像診断法の進歩が貢献している。児童虐待は発達するヒト脳の機能や神経構造にダメージを与えることがわかってきた。小児期に受ける虐待は脳の正常な発達を遅らせ、取り返しのつかない傷を残しかねない。暴力や虐待は世代を超え受け継がれていく。この連鎖を断ち切らなければならない。そのための一歩として我々医療者は、臨床現場で得られたデータのつぶさな集積と、脳科学研究の、さらなる推進により発達障害に関する明確な医学的な根拠を打ち出さなければならない。