ブックガイド『ケースワークの原則―援助関係を形成する技法』新訳改訂版

更新日: 2014年8月5日

編著 F.P.バイスティック著、尾崎新ほか訳
出版 誠信書房、2006.3
定価 本体2,000円+税
ISBN 9784414604047

子育ては、大変である。もちろん楽しいし、成長の喜びはある。しかし、その1分間を味わうために数百倍の時間、手間・体力を要する時間が必要である。そのため、親だけでそれを行うと倒れてしまうか、子育てをする元気を失う。最近は、子育て支援を標ぼうする施設やサークルが増えた。しかし問題は、助けが必要な人がその援助を受け取れるだけの心の余裕が持てるかどうかである。上手くつながっても、そこで自らの苦しさを正直に表明できるか、また、支援者はそれをしっかり受け止め、支援を継続できる関係が構築できるか、それは援助関係の質にすべてがかかっている。
子育ての支援で誰もが真っ先に頭に浮かぶ専門職は保育士である。保育園で朝夕、子どもを受渡しする笑顔いっぱいの若い女性というのが、大方のイメージであろう。しかし、保育士の歴史を見直すと、その誕生の背景は児童福祉であり、現在の分類も、社会福祉ワーカーなのである。改訂された厚生労働省が示す「保育所保育指針」では、家族を対象とした子育て相談や支援も、保育士の専門性に基づく使命として、養成課程でも、それに関する理論や技法について学ぶことになった。「バイステックの7つの原則」は、社会福祉士の世界では、基本中の基本の知識であるが、保育士においても、講義や試験対策で、耳にしたことがあるかも知れない。しかし、これは暗記だけではもったいない。原典を読むと、暗記した内容とは比較にならないぐらい、多くのことが学び取れる。これが古典にふれる大きな意義だ。幸い、日本語訳が出ているので紹介することにした。

評者は現在、自らの子育てに持てる時間の多くを充てているが、今回、本書を読む中で、子どもに対する姿勢も、この援助関係を意識すると少し上手くいくことに気づいた。また、子育てをするパートナーとも上手く関係を維持しないと大変なことになるが、その関係も本書が提唱する7つの原則を意識すれば、上手くできそうだ。子どもを授かる前の段階の夫婦の人間関係や交際中の男女、さらには、 友人同士であっても、有用だろう。そこで保育士など子育ての専門職ではない読者の方におかれては、以下の説明の「ワーカー」を自分に、「クライエント」を子どもやパートナーに置き換えて読んでいただければ、その意図するところが分かっていただけるだろう。それでは前置きはこれぐらいにして、以下、本書の中核である7つの原則を紹介しよう。

1)クライエントを個人として捉える:クライエントのラベリング(人格や環境の決めつけ)やカテゴライズ(同様の問題をまとめて分類してしまい、同様の解決手法を執ろうとする事)を避けるという原則。人は誰でも一人の人間として大切に扱われたいという要求をもっている。現実的にも、個々の人間の状況は独自なもので、一つとして同じ問題はない。クライエントを一人の人間として尊重し、認め、理解していることがクライエントに伝わることで、クライエント自身が特有の個性と価値をもった大切な存在であることに気づき、問題を自分で解決する力が生まれる。
2)クライエントの感情表現を大切にする:クライエントは否定的な感情を抑圧し、心理的混乱を増すことが多い中で、自分の考えや感情、中でも否定的な感情を自由に表現し、分かち合うことを大切とする原則。否定的な感情や独善的な感情などを表出しても、ワーカーがきちんと受け止めてくれるとわかると、クライエント自身が自らを取り巻く外的・内心的状況が理解しやすくなる。
3)援助者は自分の感情を自覚して吟味する:クライエントが表現した感情を受けとめ、その意味を理解し、ケースワークの目的に合致させて意図的かつ適切に反応を返すという原則。ワーカー自身がクライエント自身の感情にのみこまれないようにするには、非言語レベルでクライエントの気持ちを把握したり、人間の基本的欲求や危機状況での反応に関する知識が求められる。
4)受けとめる:クライエントの問題を表面的に捉えず、その人なりの事情を感情的にも受けいれるという原則。クライエントの考えは、その人生の経験や最善に向けた努力の中で形成されたものなので、どうしてそういう考え方になるかを理解する。これは、クライエントとの信頼関係を構築するうえでも重要である。
5)クライエントを一方的に非難しない:ワーカーが自分の価値観や倫理的判断によって、クライエントの行動や態度を批判したり、問題の発生原因について有罪を審判・非難しないという原則。クライエントは審判されることへの恐怖感や自分の問題について罪悪感をもっていることが多い。ワーカーが非審判的態度で臨むことが、こうした恐怖感や罪悪感の軽減につながる。ワーカーはあくまでも補佐であり、クライエント自身が自らのケースを解決せねばならない。こうした非審判的態度のためには、ワーカーの自己覚知が必要となる。
6)クライエントの自己決定を促し、尊重する:人間は自分自身の人生に対する選択・決定に対して責任を負っていると同時に、権利をもっているという考え方を基本にした原則。ワーカーの役割は、クライエントの意思と力を信頼し、自己決定できるような情報提供・援助計画の提案や選択肢などを十分に伝達し、クライエントの自己決定を尊重することが重要になる。これはクライエントの援助過程への参加に通じる。
7)秘密を保持して信頼感を醸成する:職務上知り得たクライエントの情報について、その秘密を守り、他者に漏らさないという原則。これは近年、専門職としての職業倫理でも規定されている。専門職としての業務上、人に情報を開示する必要がある場合は、必ずクライエントの同意も必要となる。このような姿勢は、クライエントとの信頼関係の樹立という点でも不可欠である。

7つの原則は、社会福祉系や心理系の専門家では、国家試験によく出るほど古典的かつ基本的な援助技法であるが、上記の概要を読まれると、およそ社会で人間関係をもつ者なら誰でも、今よりも相手との信頼関係がしっかりと構築できるための心得が書かれていることに同意いただけたと思う。
著者は、カソリックのイエズス会の神父であるが、ソーシャルワークの博士でロヨラ大学の教員でもあった。本のカバーにある著者の写真は、カーネル・サンダースおじさんが痩せて微笑んだらこのような顔になるのかなと思えるような、とても愛くるしい表情をされている。カソリックの司祭として、多くの迷える子羊たちからの相談や告解を受けられた経験も豊富なのだろう。とはいえ、本書には、神様とか信仰といった宗教くさい言葉が一切出てこないのが好感を持てる。ぜひ書店で、この愛くるしい写真を見るべく手に取ってもらいたい一冊である。