ブックガイドうつ・不安障害を治すマインドフルネス

更新日: 2014年7月30日

編著 大田健次郎著
出版 佼成出版社、2013.6
定価 定価2,000円(+税)
ISBN 978-4-333-02604-3

出産、子育ての過程で、うつ病や不安障害に悩まされるお母さんの話はよく聞く。評者が子育て世代の家族でかなり親しくしていたママの数人が、うつで通院し服薬されていた時期があったと告白されたことがあり、もしかしたら近しい関係だから知り得たただけで、世間の子育て中のママも、結構な高率でうつに悩まされているのではないかと思えた。専門家の間では産後うつ病の有病率は10%~15%と認識されているようだ。しかし、これは、診断基準の曖昧さや自己記入式の質問紙の回答などによる偽陽性が含まれた数字で、妊娠うつや産後うつは約5%程度というのが、しっかりした精神科疫学調査や信頼できる研究のメタ解析から示唆された結果である。20人に1人の割合だが、これとて低率ではない。また診断基準には該当しないが、その手前の段階の人を含めると、やはり看過できない課題であると言えよう注1)
自分以外の命を体内に宿し、食生活から何から制限が始まる生活である。出産後は、2時間毎の哺乳・夜泣き・おむつ交換、上の子供がいればその合間に保育園などの送り迎え、家族の買い物・掃除・配偶者の世話など母になったというだけで、いきなり待ったなしで、逃げ場がない。気分が落ち込んだり、疲労感を覚えて医者に掛かりたくても、その時間さえなく、症状を抱えたまま何年も苦しみ、中には虐待や家庭内離婚、果ては別離に至るケースもあるのだろう。
この現実そう考えると、症状の程度に関わらず、心に辛さを覚えたら、子育て中に自宅で出来るセルフケアしかない。それも科学的に信頼できる内容であり、かつ危険性が殆ど無いものである必要がある。そんな都合がいいものが世の中にあるのだろうか。それが、時代が進んだおかげといえようか。存在するのである。それが、マインドフルネス認知行動療法なのである。医学系の英語の論文データベースで検索すると、世界中の一流雑誌で、子育てやうつ・不安関連に限らず、ほぼあらゆる疾患にその効果が検証された研究報告がされており、その数も日々、増している。ただし、これらは諸外国の研究が主であり、日本国内で、かつ研究結果ではなく、実際に自分で行う方法を、具体的に学べる本や機会があるだろうか。

それが本書である。本書は、著者が会社勤めをしていた中年期に、実際にうつ病になり、医療機関だけでは完治しないため、自分で様々な勉強をし克服した経験がベースになっている。当事者によるものの多くは体験談に偏りやすいが、著者の徹底的な探究心や向学心は並大抵のものではなく、禅の実践に始まり宗教としての仏教ではなく世界的にも評価が高い西田幾多郎の哲学をバックボーンとし、脳科学の勉強なども専門家を超える程度に吸収されている。また、ご自身が治った後は、他の方にそのノウハウと理論を教えて何人ものうつ病で通院されている人を寛かいに導き、さらには、その指導者育成も行っている。これらは著者が理事長であるマインドフルネス総合研究所HP注2)に実に詳細に紹介されており、大変、参考になる。本書は、それらの経験が濃縮されているが、難しいことは一切省かれ、もっぱら実践の方法に焦点が当てられている。勉強したい人向けの本ではなく、実際になんとかしたくて困っている人を想定しているからだろう。
本書は、目安として、10か月で完治させるスケジュールになっている。第1か月目「基本的なトレーニング」、第2か月目「いつでもできる呼吸法」、第3か月目「感情を知る」、第4か月目「人生の価値・願い」、第5か月目「日常生活を薬に」、第6か月目「思考の特徴を知る」、第7か月目「不快なことを受け入れる」、第8か月目「つらい連鎖の解消」、第9か月目「生きる智慧」、第10か月目「これからの課題」である。これを縦軸とした時、7つの課題が、毎月、横軸として貫いている。それらは、課題A「起床時刻」、課題B「運動・活動」、課題C「呼吸法(自己洞察を含む)」、課題D「行動時自己洞察」、課題E「過去なく未来なく現在のみ実在」、課題F「考えられた自己の解放」、課題G「私独自の問題」であり、特に課題Cから課題Fは、月が進むごとに進化する。これらを進行のテーブルとして、マインドフルネスでうつが治った事例が5つと、スケジュール表、私独自の問題と対策、改善状況の点検表が附録に収載されている。

本書の方法は、自己洞察瞑想療法(SIMT)と命名されている。マインドフルネス認知行動療法は、背景の思想や理論により有名なもので5つ前後が知られており、それぞれ訳本がある。そのうち一部は訳者が簡易な入門書を自ら著している。本書の特徴は、自らのうつ病体験をベースにしつつも、ほとんど専門の研究者と同水準の専門的な知見で裏打ちされていることに加え、実際の豊富な臨床経験がベースとなっている点で、研究者によるものとは一線を画した実用性がある。またSIMTは、海外の諸理論の要素のほとんどが包括されているように思えるのは、東洋思想の神髄を西洋哲学の枠組みを援用して整理した西田哲学が背後にあるためだろう。西洋で開発されたマインドフルネス認知行動療法の背後にある思想の大半はいくつかの東洋思想だが、西田哲学は、それらの多くを包含しているからである。その点で、SIMTが英語で海外に紹介されれば、西洋諸国の臨床で、さらに実用的なものとして評価される可能性を秘めた、わが国が誇るべき療法である。
心のセルフケアのめに、各家庭に一冊、常備しておきたい本である。

注1)北村メンタルヘルス研究所のHP、周産期メンタルヘルス
http://www.institute-of-mental-health.jp/perinatal.html
☀ 妊娠期間・産後・子育て中の女性のメンタルヘルスについて研究、情報発信を行っている。

注2)マインドフルネス総合研究所
http://mindfulness.jp/
☀ 心の病気の改善や、自己成長のための支援、心理療法の開発、心理療法者の養成などを行っている。